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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)97号 判決

原告

株式会社ワンダー

被告

特許庁長官

被告補助参加人

大日本印刷株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和45年7月27日、同庁昭和45年審判第621号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1. 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和45年1月8日、特許庁に対し、登録第591、219号実用新案(以下「本件考案」という。)の明細書を訂正(以下「本件訂正」という。)すべく訂正審判を請求したところ、特許庁は同年5月11日付で訂正拒絶理由を通知し、次いで同年7月27日付で「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をなし、その謄本は同年9月12日に原告に送達された。

2(1) 本件考案の要旨

図面に示すごとく、透明な当板1の表面に連続した平行の凸面レンズ条2を多数設け、当板1の下面に平行凸面レンズ条2と同じピツチの空白条5を有する連続の写真印画4の数組を、同位相に集約して濃淡を現わす網状に印画した写板3を設けて成る写真表示具の構造。

(2) 本件訂正による実用新案登録請求の範囲

図面に示すごとく、透明な当板1の表面に連続した平行の凸面レンズ条2を多数設け、当板1の下面に平行凸面レンズ条2と同じピツチの空白条5を有する連続の写真印画4の数組を同位相に集約して網状スクリーンを通して濃淡を現わす網状に印画した写板3を設けて成る写真表示具の構造。

3. 審決理由の要点

(1)  本件訂正審判請求の趣旨は、本件考案の明細書を審判請求書に添付の訂正明細書に記述されているとおりに訂正(本件訂正)するにある。

(1)' 請求人が訂正を希望する個所は、

①  明細書第1頁第11行より第13行までの「3は当板1下面に当てるスクリーンを通して写真焼付又は印刷等の印画4の写板で」は、「3は当板1即ち表面に連続した平行凸面レンズ条を多数設けた透明なスクリーン及び網状スクリーンを通して写真焼付または印刷等した印画4の写板で」に訂正する。

②  明細書第1頁第16行の「スクリーン」は「表面に連続した平行凸面のレンズ条を多数設けた透明なスクリーンおよび網状スクリーン」に訂正する。

③  明細書第1頁第18行の「スクリーン」は、「表面に連続した平行凸面のレンズ条を設けた透明なスクリーン」に訂正する。

④  明細書第2頁第7、8行の「之等スクリーン」は、「表面に連続した平行凸面のレンズ条を多数設けた透明なスクリーンおよび網状スクリーン」と訂正する。

⑤  明細書第3頁第1行の「濃淡を現わす網状に」は、「網状スクリーンを通して濃淡を現わす網状に」に訂正する。

の5箇所あり、請求人は、いずれも不明瞭な記載の釈明にすぎないと主張する。

(2)' しかしながら右①ないし④はともかくとして、右⑤の訂正は、本件考案の実用新案登録請求の範囲に新たな限定「網状スクリーンを通して」を付加するのであるから明らかに本件考案の実用新案登録請求の範囲を減縮するものと認められる。

(2)  したがつて、訂正後における本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案は、実用新案法第39条第3項に規定されているとおり、出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものでなければならない。

(1)' しかるに、この考案はその実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものではないので、次のような趣旨の拒絶理由を通知した。

「訂正明細書の実用新案登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案は、この出願前公知の米国特許第2815310号明細書(以下「第1引用例」という)記載の交換画像表示装置において、その画像の印刷に周知の網目凸版印刷の技術(たとえば、昭和31年1月30日、共立出版株式会社発行、鎌田弥寿治著「写真製版術」第45―49頁参照―以下「第2引用例」という)を適用することによつてきわめて容易に推考できたものであるから、これを旧実用新案法第1条の考案と認めることはできない。」

(2)' 請求人は、これに対して意見書を提出し、つぎのように主張した。

本件考案は、次の諸条件を満足するものである。しかるに拒絶理由の二つの引用例は、共にこれらの条件を満足し得るものではない。

①  特定の視線方向について画像が連続して明瞭にみ得ること。

②  画像の重複が生じないこと。

③  肉眼と、表示具との視間間隔に多少の変動があつても、上記①②が満足できること。

④  写真表示具を多量生産すべく網点印刷により画像が印刷されたものであること。

⑤  網点印刷により画像を表示した際、これとレンズ状スクリーンとの間にモアレ現像を生じないこと。そして、右①②③の条件は、本件考案の必須要件たる「平行凸面レンズ条と同ピツチの空白条」の存在によつてはじめて満たし得る条件であつて、第1引用例はこの空白条を有しないので右の条件を満たし得ないこと。

(3)' しかしながら、画像相互間に必要に応じて空白条を設ける程度のことは当業者のきわめて容易に推考し得るところであつて、しかも、現に請求人がその意見書の中で引用している米国特許第1150374号明細書記載の考案がこの空白条を有しているところからも明らかに周知であることがわかる。すなわち、同明細書の第8図および第11図とその説明にはこの空白条が明示されているのである。また、④の条件については第2引用例に明らかに記載されているので、この点についての請求人の主張は理由がなく、また、⑤の条件について記載のないことは請求人の主張するとおりであるが、本件考案自体、この条件、すなわちモアレ現象に対して何らかの対策を提示するものではない。

(3)  以上に述べたとおり、請求人の主張は根拠がなく、訂正後における実用新案登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案は、実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができないので、本件訂正審判の請求は成り立たない。

4. 審決取消事由

審決には次のような違法があるから取消さるべきである。

(1)  審決は、原告が不明瞭な記載の釈明を理由として訂正審判を求めたのにこれを実用新案登録請求の範囲を減縮する訂正であると判断をした違法がある。

(1)' 本件考案の実用新案登録請求の範囲に「網状スクリーンを通して」なる文言を挿入する訂正は、写板3の濃淡を現わす網状に印画した構造の製法を述べたのにすぎないのであつて、右構造を明らかにしたに止まり、右文言の挿入前と挿入後とによつて写板3の構造が変わるものではなく、本件考案における「濃淡を現わす網状に印画した」という構造の写板を生産するためにはたとえば網状スクリーンを用いようが、電子製版彫刻機を用いようが写板の構造自体には変わりがないのであるから、実用新案の対象にならない生産方法に関する。したがつて、本件訂正のごとく「網状スクリーンを通して」を挿入することは写板3の構造を何ら減縮することにはならない。

(2)' しかも、原告は審判請求書において右の文言の挿入が実用新案登録請求の範囲を減縮する目的であるとは述べていないのであるから、審決が右訂正は実用新案登録請求の範囲を減縮するものであると認定する以上、これに対する意見書提出の機会が与えるべきであつたのに、これをしなかつたのは違法である。

(2)  審決は、本件考案が画素間に空白条を有していることにより各画素の明瞭化を意図する効果を有する点を看過し、この空白条を設けた点について当業者がきわめて容易に推考し得るものと判断した違法がある。

(1)' 本件考案においては、それぞれ多数の集約した印画から成る人物および動物の画像が各印画間に空白条5を備えているので、人物の画像が見える場合に眼の位置または表示具の位置が多少ずれても隣接する静物の印画が混ざらず、人物が着実に現われるという作用効果を生ずる。また、当板1の平行凸面レンズ条2の一つに相当する間隔内に2種類の網状印画をその間に空白条5を存在せしめて配置させているから、網状印画の幅は当板1のレンズ条2の半分に足りず、したがつて当板1と網状印画との間にモアレ現像を生ぜず、濃淡を着実に現わすという効果を生ずる。

このように、本件考案においては空白条を有することにより特殊な効果を奏する。しかるに、審決はこれらの特殊な効果を看過し、第1引用例における数条のレンズの巾に等しい印画に網状印刷を施したものと同一視し、本件訂正後の考案をもつて、第1引用例のものに第2引用例によつて周知である網目凸版印刷の技術を適用することにより当業者がきわめて容易に推考し得ると判断したが、これは誤りである。

(2)' また審決は画像相互間に空白条を設けることが周知であるとして米国特許第1150374号明細書を引用したが、これは訂正拒絶理由と異なる理由によつて本件訂正を拒絶しようとすることになるから、審判請求人である原告に対し意見書提出の機会を与えていないという手続上の違法があるといわねばならない。

(3)' しかも、右の米国特許明細書には本件考案のような空白条は示されていないから、この点に関する審決の認定も誤りである。

すなわち、右の米国特許明細書においては、第8図に示す眼は楕円形の縁が連続し、第11図に示す顔は輪廓、眉が連続し、本件考案のごとき各組の印画の間に当板の平行凸面レンズ条と同じピツチの空白条を有しないものであり、ビジヨンフイールド6、61、62は第8図にあつては瞳以外の白眼部を示す画像として眼にうつり、第11図においてもビジヨンフイールド6、61、62が画像として眼にうつるので、EとFを重ねた文字がEに見えたり又はEの横に引いた最下辺が消えてFが見えたりするのであつて、ビジヨンフイールド6、61、62は本件考案の空白条のごとく画像として眼にうつらないものとは相違するのである。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、次のとおり述べた。

1. 請求の原因1ないし3の事実は認める。

2. 同4の取消事由は争う。審決は正当であつて原告主張のような違法はない。

(1)(1)' 本件訂正において本件考案の実用新案登録請求の範囲中に「網状スクリーンを通して」との文言を付加することについて。「濃淡を現わす網状の印画」は、網状スクリーンを用いなくしてもこれ以外の方法たとえば電子製版彫刻機を用いることによつても、これを作ることができる。このことは昭和33年10月20日、大蔵省印刷局発行、日本印刷学会編集「印刷事典」第283頁の記載によつても認められるところである。そうすると、本件訂正のごとく、特に「網状スクリーンを通して」を付加することは本件考案の実用新案登録請求の範囲に新たな限定を加えることになり、明らかにその減縮となるというべきである。

(2)' 本件訂正が本件考案の実用新案登録請求の範囲の減縮に当るものであるとの点については、審判における訂正拒絶理由通知書にその旨が示されているのであつて、このことは訂正後の考案がその出願の際に独立して実用新案登録を受けることができないものである旨を通知しているところから明らかである。しかも審判請求人である原告が、この訂正拒絶理由通知書に対する意見書において、「本件審判請求に対して実用新案登録請求の範囲の減縮を目的とするものとの誤つた判断を前提としてなす訂正拒絶理由通知は違法であつて承服し難い」と述べているところよりすれば、意見書提出の機会を与えなかつたとの原告の主張は全く理由がない。

(2)(1)' 空白条の存在により生ずる作用効果については本件考案の明細書と図面に何ら具体的に記載されておらず、右明細書においては「スクリーンを通した網状の濃淡を現わす大小の印画線はそのまま比例拡大されて濃淡のある虚像として写り」とあり、これは印画が平行凸面レンズ条(レンチキユラーレンズ)により比例拡大される点を述べているもので、さらに「濃淡色彩を着実に現わし」とあるのも単に印画がそのまま比例拡大されて見えるだけのことで、「空白条」の存在による作用効果とは何ら関係のないものである。

また、この空白条があるために連続して見える一組の虚像が眼又は表示具の位置を多少移動しても隣接する他の画像と混交することなく該虚像が着実に現われるという効果を生ずるためにはその空白条の大きさを適当に定めなければならないのに、本件考案の実用新案登録請求の範囲にはこの点の限定がないのであるから右のような作用効果を認めることはできない。

さらに、本件考案がモアレ現象を生じないという点については、明細書に何ら記載されておらず、本件考案において「濃淡色彩を着実にあらわす」という点に関しては、明細書中に「この実用新案は、凸レンズの当板で写真印画された色彩あるいは濃淡のある写板の数様の印画をそれぞれ単独に透視する表示具に関する」、「スクリーンを透した網状の濃淡を現わす大小の印画線はそのまま比例拡大されて濃淡のある虚像として写り」と記載されていて、これは単に印画にあらわされた、濃淡色彩をそのままレンズ条により拡大して見ることを表わしているにすぎず、普通に用いられているものと比較して格別の差異のあるものではないので、このような効果を認めることはできない。

さらにまた、モアレ現象は、レンズ系スクリーンおよび網点のピツチ、その相互のピツチ線の傾斜等の具体的構成により、その発生の度合を異にするものであるのにかかわらず、本件考案の明細書および図面にはレンズ条スクリーンのピツチ、空白条、網点のピツチ等について何ら具体的構成が記載されておらず、また、モアレに関する記載も全く見当らないので、モアレ現象を生じないとの作用効果は本件考案の構成とは関係のないものである。

(2)' 審決中の米国特許第1150374号明細書の引用について。同明細書はすでに訂正拒絶理由通知書に対する意見書で原告が自ら挙げているものであり、しかも審決中では単に周知技術の一例として述べてあるにすぎず、これをもつて本件訂正審判請求を斥ける根拠としているものではない。

(3)' ところで、右の米国特許明細書第8図の眼の輪廓内部においてレンズ条スクリーンの1ピッチに対応する部分に黒い縦線部分と白い空白部分が示されており、この空白部分が空白条となつており、また画素としての空白部分をも構成している。また、第11図についても2種類の文字が所望する夫々の位置より見ることができるようになつている旨説明されており、これら文字の変換に当つては一方が消えてから他方が現われるものであつて、同時に2種類の文字が現われるとは常識的に考えられないから、画素間に空白条が存在するものであるし、また、その文字部分の細幅がレンズ条スクリーンの1ピツチに対応する部分の幅の半分以下と認められる部分があることよりみても、この部分に明らかに画素の間に空白条があることを示している。

第4証拠

原告は、甲第1号証から第4号証まで、同第5号証の1、2、3、同第6号証、同第7号証の1、2、同第8号証、同第9号証の1、2、3を提出し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告は、乙第1号証から第6号証まで(ただし、乙第1号証は、1、2、3、第6号証は1、2)を提出し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

1. 請求原因第1項ないし第3項の事実は当事者間に争いがない。

2. そこで、審決取消事由の有無について判断する。

(1)  取消事由(1)について

(1)' まず、審決庁が意見書提出の機会を与えなかつた違法があるかどうかについて

成立に争いのない甲第3号証によれば、審決庁が訂正拒絶理由通知書において、訂正後の考案が出願の際独立して実用新案登録を受けることができないものである旨を通知してこれに対する審判請求人(原告)の意見を求めた事実を認めることができる。そして右通知が、本件訂正は実用新案登録請求の範囲を減縮するものであるとの判断を当然の前提としていることは、実用新案法第39条第3項の規定の趣旨からまことに明らかである。因みに成立に争いのない甲第8号証によれば、審判請求人は右拒絶理由通知に対して、「本件訂正審判の請求は実用新案登録請求の範囲の減縮を目的とするものではない。」旨の意見書を提出している事実が認められる。したがつて、本件訂正が実用新案登録請求の範囲の減縮であるとの判断に対する意見書提出の機会を与えられなかつた旨の原告主張は採用できない。

(2)' つぎに本件訂正が本件考案の実用新案登録請求の範囲の減縮であるかどうかについて

本件訂正審判において、審判請求人(原告)が本件考案の実用新案登録請求の範囲中に「網状スクリーンを通して」なる文言を挿入することについて訂正を求めたことは当事者間に争いがないところ、原告は、「濃淡を現わす網状に印画した写板」の構造について、「網状スクリーンを通す方法」によつても或いはそれ以外の方法によつても全く同一の構造のものが得られる旨主張する。しかしながら、そのような記載は訂正明細書に見出すことができず、その他これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、成立に争いのない乙第1号証の1ないし3および同第5号証によれば「濃淡を現わす網状に印画した写板」の製法は、「網状スクリーンを通す」方法に限られるものではなく、この他に電子製版彫刻機を用いるいわゆる「電子彫刻法」という技術思想を異にする方法が存在することが認められる。したがつて本件において、特にその写板について「網状スクリーンを通して」という文言を付加したのは、単なる不明瞭な記載の釈明ではなく、新たな構成上の限定を加えたことになり、実用新案登録請求の範囲の減縮といわざるを得ない。

(2)  取消事由(2)について

(1)' 原告は、本件考案においては画素間に空白条を有しているから眼の位置又は表示具の位置が多少ずれても隣接する他の印画が混ざらず、一つの印画が着実に現われるという作用効果を生じ、また、この空白条の存在することにより網状印画の各画素の幅は当板のレンズ条2の半分以下であるからモアレ現象が生じない旨主張するので、まず、これらの点を検討する。

成立に争いのない甲第7号証の1、2によれば、本件考案の明細書中において右空白条に関する作用効果の記載は、「これ等拡大された印画の虚像は空白条5をうずめて連続する」とあるのみで、1枚の印画紙を凸レンズの当板を通してその見る方向を変えることにより二様の絵画のうちその一方のみを拡大して濃淡を着実に現わすことができるという趣旨を出ないものであるから、このような記載をもつてしては、空白条の存在により隣接する画像を混合させることがない、とか或いはモアレ現像を生じない、とかいう効果を表わしているということはできない。もつとも本件考案の明細書中に「濃淡色彩を着実に現わし」との記載があり、原告は、これを空白条によるモアレ防止の効果の根拠として主張するが、右の記載は、実用新案の説明の欄中の「この実用新案は、凸レンズの当板で写真印画された色彩、あるいは濃淡のある写板の数様の印画をそれぞれ単独に透視する表示具に関するもので」「スクリーンを透して網状の濃淡を現わす大小の印画線はそのまま比例拡大されて濃淡のある虚像として写り」「方向を変えてそれぞれ単独に透視し1枚の印画紙にて二様の……」という記載との関連からみて、1枚の印画紙を凸レンズの当板を通してその見る方向を変えることにより、二様の絵画のうち、その一方の絵画のみを拡大して濃淡色彩を着実に現わすことができる、という趣旨の範囲を出ないものと解すべきものであり、これが空白条の存在によるモアレ現象防止の意味を表わしているとは到底いうことができない。その他この点に関する原告の前記主張を肯認するに足りる証拠はない。

(2)' つぎに画素間に空白条を設けることの新規性について考察する。

①  原告は米国特許第1150374号明細書の引用が違法である旨主張する。しかし、右の刊行物は、審決が空白条を設けることが本件出願前に周知である事実の一例として挙示したにすぎないものであることは、その文脈に照らし明らかであるから、これを挙示したからといつて、前記訂正拒絶理由通知の理由と異なる新たな理由とならないことは、いうまでもない。したがつて、これについてあらためて意見書提出の機会を与える必要はない。

②  ところで、成立に争いのない甲第6号証の記載内容をみる。右の米国特許明細書の第9図と第10図とにおいて左から数えて第11番目から第13番目までの各レンズ条の中央部には両図ともに黒眼が見えるようになつているところよりすると、第8図に示されている写板にあつては左から数えて第11番目から第13番目にあるビジヨンフイールド(写板において一条のレンズによつて見える範囲)の中央部分は連続的に真黒に塗りつぶされていて差支えないにもかかわらず、各ビジヨンフイールド中の黒線部分の両側に白色部分が存在しているから、各画素間に空白条が存在するということができ、また、第11図の写板についてみても、第12図に示す文字と第13図に示す文字との2種の文字を含むものであり、第12図の「E」第13図の「F」との横線部分が共通であるにもかかわらず、第11図のビジヨンフイールドのこの部分に該当する左側より第13番目ないし第15番目において各ビジヨンフイールドの中間に空白部が存在しているから、同刊行物には画素間に空白条を有するものが記載されているということができる。

なお、原告は、本件考案の空白条は画像として写るものではなく前記刊行物のもののように画像として写るものとは根本的に相違する旨主張する。しかし、本件考案における空白条も他の画素間に介在する以上、画素部分と同様に凸面レンズにより拡大されるものであることはいうまでもないから、視点を動かすことにより空白条が見える位置が必ずあることは否定できず、画素のみ見えて空白条が見えないということは技術常識としてあり得ない。したがつて、この点において前記刊行物のものと本質的に異なるものとは認められない。

(3)  以上のとおり、原告の主張は、いずれも理由がない。そうすると、本件訂正後における実用新案登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案は実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができないと判断した審決には、原告が主張するような誤りはないということができる。

3. よつて、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第89条、行政事件訴訟法第7条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉本良吉 舟本信光 宇野栄一郎)

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